04 / だから僕は
家族と言うのを僕は知らない、いや、正確には覚えてないと言ったほうが正しいのだろう。
物心がついた時には、既に親と引き離されて僕は学園にいたのだから。
だから、今回の三郎との共同研究は実の興味深いものだと思う。
家族という概念はぼんやりとだが理解している。
一つ屋根の下に暮らす血縁関係、その集団というのが僕の中での家族の概念だった。
僕のおぼろげな記憶では、僕は一人っ子で兄弟はいない。
両親の顔は全く覚えていないし、写真の一つも持っていないから解らない。
とはいえ、そんな生徒はこの学園にはごまんといた。
両親の顔を覚えているのは僕達よりももっと年上の世代だろう。
彼らは母星で暮らした記憶もはっきり持っている人が多いと級友たちが話しているのを聞いたことがあった。
そんな環境だったから、僕は三郎とこの研究が出来ることが少しだけ嬉しかった。
実際、僕と三郎は仲が悪いわけではない。
むしろ、クラスの中では三郎とは仲がいいほうだろう。
どういうわけか、彼は友達と言うのを作りたがらなかった。
そんななのに、僕にだけはよく話しかけてきてくれていた。
でも実際僕はそんなに彼のことを知らない。
仲がいいけれど、それはクラスでのことで、この間みたいに一緒にエスケープなんて初めてのことだった。
だから、これはチャンスだと思った。
三郎ともっと仲良くなるためのチャンス。
それが嬉しくて僕は三郎の部屋を尋ねた。
「悪いな、来ると思ってなかったから片づけたりなんかしてないんだ」
散らかってるけど、と言われながら足を踏み入れた彼の部屋はちっともそんなことはなかった。
せいぜい、さっきまで着ていた制服がソファに引っ掛かっているだけだ。
「そんなことないよ、十分片付いている。僕の部屋なんか、こことは大違いだよ。もっと…」
「散らかってるって?」
そう言って三郎は笑いながら、白いマグを差し出してくれる。
ふわりと鼻をくすぐる香りは珈琲だった。
「珈琲?」
「うん、そう。珍しい?」
「食堂のはよく飲むけど…」
「あんなの本当の珈琲じゃないよ。珈琲はやっぱり豆から挽かないとだめだ」
そう言って、三郎は僕の隣に座った。
すすめられたソファで入れてもらった珈琲を飲む。
「で、課題についてだっけ?話って言うのは」
そう言われて、僕はマグを口から離しながらうなずいた。
「そう、あの課題。共同研究って言ってもどうしていいのかなって思って。でも、とりあえず相談に来たんだ」
「通信機でもよかったじゃないか?」
「とも思ったんだけど。…ちゃんと話したかったんだ、三郎と」
そう言って目の前のテーブルにマグを置けば、三郎のぽかんとした顔が目に入った。
そんなに驚くことかなと首を傾げれば、いや、と三郎は言葉を切る。
「雷蔵は…そういうところは几帳面だと思っただけだよ。普段は結構大雑把なのに」
「大雑把って…まぁ否定できないけどね」
そう言って苦笑をこぼせば、三郎はふわりと笑みを向けてくれる。
それが嬉しくて僕の苦笑は微笑へと姿を変えた。
「…まぁ、とりあえず研究の話だな。でも家族の概念って言っても適当にレポートにすることはできるけど」
「でも、それで先生は納得してくれるかな?」
再提出など食らってはたまらないというのは本音だ。
どうするかな、と三郎は頭を掻きながら天井を見上げている。
それを見ながら僕はふと思い浮かんだことを口にした。
「実地研究って言うのはどうかな?僕と君が兄弟って設定で、両親は…どうすればいいのか、ちょっと解らないけど」
そう提案すれば三郎は、すいと僕のほうへと視線を向けてきた。
それから、んーと悩むような声をこぼしている。
「そうだな、両親は学園に言ってロボットを手配してもらうか…掲示板で募集でもかけてみようか。誰か母親と父親役をやってくれって。自由研究に困ってるのがそれに乗ってくれるかもしれないし。上手くすれば、結構な評価を得られるかもしれないな」
よし、と言って三郎は完全に僕のほうを向いてくれた。
その顔には、何時もの飄々とした笑みが浮かんでいて、僕は少なからず安心した。
内心、却下されたりしたらどうしようと思っていたからだ。
「ならそうしよう。ロボットなんてちょっと味気ないしさ。…でも母親はどうしよう?いるかな?この学園で女の人なんて見たことないし」
「…男でも気分くらいは味わえるんじゃないか?ほら、それにレポートの最後に母親の事はやはりよくわからなかった。女性というものが存在しないため、今回は男性にその役をやってもらったが、理解しがたい感覚だったとか何とか書けばさ」
三郎の言葉に僕はそうだね、と言って笑いをこぼした。
確かに解らないものは解らないと書いてしまえばいい、それを追求してくる先生もまずはいないだろう。
「なら、この夏は私が兄で雷蔵が弟だな」
「ど、どうしてそうなるのさ?」
そう尋ねれば、三郎はふふと笑って「だって私のほうが誕生日が早いだろう?」と言ってきた。
「そう、なの?確かに僕の誕生日は2月で、早生まれだから基本的にみんなより年下になるけど」
「私は6月だ。…ほら、もう私のほうが一つ年上だろう?」
「…そうだけど。でもよく知ってたね、三郎。僕より三郎のほうが誕生日が早いって」
そう単純な疑問をぶつける、教えた記憶がなかったからだ。
何時ものようにさぁねと肩を竦められるかと思ったけれど、三郎の顔は何処か悲しそうにゆがんだ。
「知ってるよ。…雷蔵が教えてくれたんだからさ」
「僕、君に教えたっけ?」
「やっぱり覚えてない?」
そう言われて、僕は首をかしげた。
確かに、僕は最近色々忘れてしまうけれど、それもその一つなのだろうか。
三郎のさびしそうな顔を見れば申し訳なくなって、僕はうなだれてしまった。
「ごめん、…思い出せない」
そう告げると三郎は、そう、と短く言葉を切った。
微かな沈黙が降りて、僕は視線をちらちらと上げたり下げたりするしかできなかった。
その動きを悟られたのか、三郎は目を細めて「じゃあ」と口を開いてくれる。
「今日から私と君は兄弟だ。今日の夜にでも掲示板に募集の書き込みをしておこう。…それから、今日から私たちは一つ屋根の下に暮らすんだ。だから、雷蔵。荷物を持っておいでよ」
そう言って三郎はさっと席を立った。
え、と僕はそんな彼を追いかけて、立ち上がるしかできない。
「一つ屋根の下って、ここで暮らすの?君と?」
そう尋ねると三郎はあぁと大きくうなずいた。
「じゃないと家族の典型的な概念通りにならないだろう?一つ屋根の下に暮らすのが家族なんだから」
そう言って三郎は笑いながら玄関のほうへと足を向けている。
君の部屋に行こうと言われて、僕は小さく笑った。
彼のその行動が嬉しいのと同時に、この夏休みが凄く素敵なものになる気がして、楽しみになってきていた。