03 / あの地平線の向こうまで

周りのありとあらゆるものは突き詰めれば概念でしかない。
家族という概念、友人という概念、極めつけは男と女という概念。
こうあるべきだと定義づけられたそれ世界自体がそれを拒んだせいか、月に移住する前から崩壊が始まっていた。
私という人間は人工の子宮と顔も知らない誰かの卵子と精子から生まれた。
この学園に住んでいるほとんどがそういう境遇だ。
三郎のように本当の両親がいるほうが稀だった。
だが、自然というものは時に残酷だと思う。
三郎は新しい環境に適合するべくして、人間の胎から生まれたのだ。
だから、月に移住する際にその事実を見つけた学園が保護したという。
その事実を知っているのは本当に一部だった。
だが、その研究の最中に解ったことがある。
三郎にはどうしてもある一人を選ばなければいけなかった。
そうしなければ、彼の寿命は今年の夏で終わりを迎えてしまう。
それだけは本人もそして、学園も避けたい事実だったのだ。
だから、それを防ぐために三郎に最初に宛がわれたのが私だった。
しかし、三郎はそれを拒んだ。
彼は既に、パートナーに決めている人がいるという。
彼は世界にただ一人しかいない。
如何に学園が私とパートナーになれと言っても、三郎は彼でなければ意味がないと言った。
その事実を知った学園は三郎にある取引を持ちかけた。
三郎自身が決めたパートナーが自然と彼を選べばそれを黙認する、だが、そうでなければ此方が決めたパートナー―つまり私を選ぶことと。
三郎はすぐにうなずいて、彼が選んだというパートナー―雷蔵と同じクラスになることを要求した。
それが中等学校に進む時になされた取引だった。
もし、間に合わなければ、三郎は私とパートナーとなり大人しく研究機関へ行くという。
その期限はもう目の前に迫っていた。

「兵助君、鉢屋君の様子はどうなの?」
寄宿舎の食堂―と言っても、職員などはおらずボタンを押せば適当な料理が出てくる自動販売機がいくつも並ぶスペースで、一人PCを広げていれば、後ろから斉藤に声をかけられた。
斉藤はここでは少ない、学園と三郎の関係を知る一人だ。
視線を向ければ、彼は目を細めて笑って私の前の席に座る。
金色の髪が人工照明に照らされてきらりと光った。
「どうって…相変わらず雷蔵にご執心だよ」
「そっか、兵助君としてはちょっとさびしいんじゃない?」
そう言われて、まさかと言うように肩をすくめて見せる。
斉藤は三郎の細胞を移植された実験体の成功例だ。
と言っても、その事実を本人が知っているのは稀で、それは彼が私と同じ場所で生まれたことを意味している。
「…そういえば、不破君と鉢屋君、同じ課題を出されたんだって?家族の概念についての共同研究。ねぇ、それって兵助君がこっそり仕組んだんじゃないの?」
そう言われて微かに私の眉が上がる。
斉藤は普段鈍そうな顔をしていて変に勘が鋭いから困る。
「さぁ、その辺は教師の皆さんが決めることだし」
「そう?僕は兵助君が提案したんだと思ったんだけど…。何だかんだで兵助君は鉢屋君が大好きだから、彼の望みを叶えてあげようとするんじゃないかと思ったんだけどね」
違うんだ、と言われて思わず唇を軽く噛んだ。
それに斉藤はふふと笑って、そっと席を立った。
「僕は何が何でも鉢屋君に生きてもらわないと困るんだよね。移植体って言っても、マザーが死んでしまったら何をされるか解らないし。特に最近は物騒だからさ」
「物騒?」
どういう意味だと尋ねようと斉藤を見れば、彼はすと私の横を通り過ぎていく。
「斉藤」
「ねぇ、兵助君」
呼びとめれば、彼の足がぴたりと止まる。
それに言葉を止めれば、斉藤は首だけ私のほうへと振り返った。
「人間は地球に捨てられてしまったって、そう言ってる学者がいるんだって」
「あぁ、聞いたことあるけど」
「なら僕達は何からも必要とされないモノってことになるよね。実はそれは僕達の知らないところで既に進行しているんじゃないかって最近思うんだ」
「……」
「…ねぇ、兵助君。僕達は本当にあの星に帰れると思う?そして帰ってどうするの?どうしようもないと思わない?」
その言葉に私は返事がみつからなった。
こくりと喉を鳴らせば、斉藤はにこりと笑みを向けた。
「ここを管理するPCは僕達なんかよりもずっと頭がよくて、その事実に気がついてたら…。僕達はどうなるんだろうね?」
ねぇ、兵助君、と斉藤が再び口を開いた。
「要らないものは全部捨ててしまわなければいけないんだよ。…だったら最後に残るのは一体何になるんだろうね」
そう言って斉藤は再び歩き出した。
一体何が残るのだろう、そんな問いかけに私は口をつぐむしかなかった。