02 / 夏の空の下
地球という星が人間を排除してから既に10年近くがたっている。
自然が排除したというべきかもしれないが、私たち人類はその大地を踏みしめることはできない。
一部の選ばれた市民だけが、そこで特権階級として暮らしているが、屋内からはとても出られないと聞いていた。
少なくとも私の記憶では、地球という星は母星と呼ばれるのにふさわしいところだった。
海辺の街で生まれた私は年に一度、夏になると会いに来てくれる子供と遊ぶのが大好きだった。
元々、少子化が進んだ世界で子どもというのは珍しいのだが。
寂れた街に一人しかいない子供―それが私だった。
私たちが生まれたころには、既に月への移住計画は進んでいた。
それと同時に世界の政治の情勢も悪化していたという。
私たちが何とか月に移住した頃、地球は完全に人の住めない世界となった。
それでも碧い海だけは変わらないまま、光を受けて輝いている。
それを見ながら、みんなアソコに帰ることを目的に教育されるのだ。
だが、それが何になるというのだろう。
アソコに帰ったからと言って、私たちはそこで生きていくことはできないというのに。
それよりも、そう、それよりも。
私は他にしなければならない重要なことがあったのだ。
寄宿舎に戻れば案の定ハチから散々どやされてしまった。
どうして終業式をサボったのかから、気がつけば課題の話になっていた。
サボった二人には特別課題があるといわれて、私はどうせ下らないレポートの類いだと決め込んで送られているだろう、課題のデータを見もせずにベッドへと寝そべった。
これから、何をするでもない、ただ下らない日常が流れる休暇がやってくる。
そもそも、この学園というか、世界自体に帰省などという概念自体ないというのに。
両親という存在は確かにいるのだろうけれど、最早完全に別世界と区分されてしまっているというのに。
いっそさっさと課題だけ済ませて、夏が終わるまでロングスリープでもさせてもらおうとかとも思ってしまう。
だが、時間がないのも事実だった。
そういう意味では下らない教育のない期間と言うのは重要だ。
そんなことを考えていれば、ベッドの正面の壁にあるモニターが音をたてた。
誰だ、と思い上体を起こせばそこには兵助の姿があった。
『三郎、終業式にエスケープはないだろ』
そう言われて、私はため息をついてモニターのスウィッチを切ろうとした。
こいつの説教は変に的を得ていて、正直面倒なのだ。
『雷蔵は…思い出したのか?』
そう言われて、私の手はぴくりとその動きを止める。
は、と吐き捨てるような笑いをこぼせば、画面で兵助も小さく息を吐いたのが解った。
『…まだ、なのか』
「まぁな。…完全に忘れてしまっているよ、私のこと。未だに、ここに来て初めて会ったとしか思っていない」
『言ってしまえば早いだろ?』
「それじゃあ意味がない。…兵助だってそれくらい解ってるだろ?」
その言葉に兵助も眉根を寄せた。
『でもお前にも時間がないだろう?今年の夏が最後だ』
「解ってるよ」
そう言って視線をそらせば、兵助がじっとこちらを見つめるのが解った。
画面越しでも、見詰められているのが解るくらいだ。
『いっそ、私をパートナーに変えてしまえばいいだろう?それならまだ』
「雷蔵じゃないとだめだ!」
そう弾くように怒鳴って、兵助を見る。
やつの表情は少しも変わっていなかった。
何処か悲しそうな目でこちらを見ている。
「…他の奴なんて考えられない。雷蔵じゃないとだめなんだ」
『だから、お前の顔は雷蔵とそっくりなんだよな』
「そうだ。私が雷蔵をパートナーと決めている限り変わらない」
だから、諦めろと言うような視線を向ければ、急に部屋の呼び出し音が鳴った。
一瞬、兵助と視線が合ってそれが、すいと扉の方に向けられる。
『今日は退散するよ。…上手くいくことを願ってる』
そう言って画面からやつの姿が消えて、私は呼び出し音にこたえるボタンを押した。
ぴ、と音がして外の音声が聞こえてくる。
『三郎、僕だ、雷蔵だよ。課題のことで話があるんだ』
「課題?」
あの下らないレポートか、と私は慌ててデータを見てみることにした。
ベッドサイドに置いておいた学習用のPCを起動させる。
小型のそれはすぐに立ち上がって、教師から送られてきたデータを表示させた。
「夏の特別課題…不破雷蔵との共同研究。『家族の概念について』…?」
その内容を読み上げれば、『そうだよ』と雷蔵の声が響いた。
『ちゃんと三郎のところにもデータが行ってたんだね。共同研究だし、二人で進めないといけないから、それで相談に来たんだ』
扉の向こうで雷蔵が話している。
私はそれを聞きながら微かに息をのんだ。
これは、どういうことだろう。
学園が、私を後押しするような真似をするわけがないのだ。
私を別の誰かとペアに従っているのは学園側のほうだというのに。
『三郎?どうしたの?』
雷蔵の不思議そうな声が聞こえて私は我に返った。
そうだ、学園側の思惑などどうでもいい。
今は、私にとって大切なのはこの扉の向こうにいる私のパートナーのことなのだから。
「そういうことなら、解った。今、扉をあけるよ」
そう言って私は部屋の扉の開閉スウィッチを押した。