19 / 帰るんだ。
もう、体を持ち上げることすら億劫になっていた。
何とか力を込めて瞼を上げると灯りがつく。
それが眩しくて、私はまた眼を閉じたくなってしまった。
部屋に人の気配はなく、私は小さく息を吐いた。
雷蔵はまた部屋にはいない。
最近、考える事が多いのか、あの娯楽棟の海へ行く事が増えていた。
もう、アソコに行ってもきっと誰にも会えない。
きっとみんな消えていると私はそれだけは確信してしまった。
どうして、そんな事が解るのだろうと自分でも不思議なくらいだけれど。
それでももう私と雷蔵以外、ここに存在していないと確信だけがあった。
体は今はもう眼だけしか動かないほどに衰弱している。
存在が希薄になるなんて、そんな楽なものではなかった。
世界が私を否定しているのかもしれない。
そもそも私は生まれるべきではなかったのかもしれない。
私が生まれてしまったから、私がいるから、みんな消えてしまうのだ。
あの約束に縛られて、私がコモンズを拒んだから。
だから、こんなことになったのだ。
だから、私が消えるのは当然の報いなのかもしれなかった。
そんな事を考えて、ため息だけが零れた。
雷蔵は今、何処だろう?
消えたりはしてないだろうか、何処か私の知らないところで消えたりなんて…。
そう、私は雷蔵ばかりだ。
雷蔵だけ、雷蔵だけが無事であればそれでいいと、思ってしまう。
でも、同時に誰かが消えれば悲しいと思っている。
それが矛盾しているようで、私は時々解らなくなるのだ。
私は一体どうしたいのだろう。
私は一体何なのだろうと。
ゆっくりと顔を壁へと向ければ、そのガラスの向こうに何故か、あの星が見えた。
どうして、と唇だけで私は紡ぐ。
そう、決して居住区からは見えないはずの母星がそこには映っていた。
太陽の光を受けて、青く輝くのは海だ。
何処にあるかなんて解らない。
けれど、その碧い光は確かに私が生まれた海の色だった。
涙が出た。
そうだ、私は…あの星に…私が生まれたあの星に帰らなければならないんだ。
だけど、私の体はもう動けない。
動けないんだ、とそっとその星に手を伸ばした。
お願いだから、雷蔵だけでも、雷蔵だけでも帰してほしいんだ。
私が行けなくても、せめて、雷蔵だけでも。
そう私は、あの星に願った。
目を開けた時、私はあの海にいた。
あの、懐かしい海だった。
あの時、私は雷蔵と約束をした。
「今度こそ、一緒に、ずっと一緒に」
だから、雷蔵。
ここに、ここに戻ってきて。
そうだ、雷蔵、私はここで待っているんだ。
「雷蔵」
私は名前を呼んだ、必死に、彼に届くように。
お願いだから、私の声を聞いてほしいんだ。
もう、時間が無い。
きっと、コモンズは私が消えたことで彼も消してしまおうとするだろう。
それだけは、駄目だ。
「雷蔵、私の声を、私を見つけてくれ」
雷蔵、一緒に、この海に帰ろう。
約束なんて思い出さなくていい。
約束なんてまたすればいいんだ。
だから、私の声を聞いて、雷蔵。
「三郎?」
「雷蔵、私の声が、聞こえるのか?」
「三郎?何処にいるの?部屋にもいないし、今、何処に」
あぁ、見つけてくれた、雷蔵が私を。
今、私はそれだけで胸がいっぱいになる。
でも、それで満足してはいけない。
「雷蔵、私はもうここにはいない。海にいるんだ」
「海?海って、娯楽棟の?」
そう聞き返されて私は口を噤んだ。
違う、とはっきりは言えなくて、それでも私は次の言葉を伝えなければいけない。
「…違う。でも、海にいるんだ。ねぇ、雷蔵。よく聞いて、私の言葉を。海に、行こう、雷蔵。約束しただろう?一緒に行くって、あの海に」
「うん、約束した、君と一緒に。今度行くんだろう?」
「違うよ、雷蔵。今、行くんだ」
そうだ、今から海に行くんだ。
一緒に、あの懐かしい海に。