18 / あの海へ
消える、と漠然と思ったのは雷蔵と別れてからだった。
私の存在が急に希薄になった気がしたのだ。
もう、夏も終わる。
後、数えるしかない日数のうちに再び授業が始まって、私たちは元のように生活し始めるだろう。
しかし、私はそこにはいられない気がしたのだ。
遠ざかっていく彼を見ながら、私はきっと事の顛末なんて知ることはできない、そして三郎の賭けがどうなるかも見れないと少しだけさびしく思った。
だから、直ぐに三郎から頼まれていた事を実行することにした。
三郎は、あの海に行けば雷蔵は思い出してくれるかもしれないと言っていた。
頼まれていたなんて、私が勝手に言っている事で、三郎はあの海に行きたいとだけしか言わなかった。
勝手に、全部私が勝手にしている事だ。
ロケットの手配なんて簡単だった。
コモンズの端末に入る事なんて、実は何度もやったことがあったし、痕跡を消すことだって造作もない。
コモンズは意外と間抜けだ。
ロケットが何処に手配されて、何処に行くのか、それを書いたデータも偽造して三郎の元へと送った。
後はもう、あの二人がここを立つ日を待つだけだ。
部屋で椅子にもたれて天井を見ていれば、PCに通信のアイコンが表示される。
誰だろう、と視線を向ければそこにははっちゃんの名前が書いてあった。
今度こそ、雷蔵と三郎を誘って四人で海に行こうとそれだけ書いてよこしたのだ。
多分、返事なんて要らない、本人の意思を書いたものだろう。
それで怒ったりするようなやつじゃないって私も解っていた。
海に、四人で、海に。
確かに夢みたいだなと私は思った。
そのあとに、また通信が一つ入ってきた。
「三郎?」
思わずその名前を呟いて、私は通話を求めている彼に返事をする。
「三郎?珍しいね、お前から通信してくるなんて」
初めてじゃないだろうか、と少しだけ嬉しく思えば彼の声は何時もよりかすれていた。
『…礼を、言いたくて』
「礼?そんな事私したか?」
そう嘯けば、一瞬三郎の言葉が途切れた。
私がこう言うと解っていただろうに。
『したよ。…海、に。行けるようにしてくれただろう?』
「コモンズが許可してくれただけだろう?」
『あいつらが私をアソコに行かせてくれるわけ、無いだろう?』
確かに。
それはそうだった。
あの海は、もう人の住めるようなところではない。
もし、三郎が行って何の影響を受けないとしても、今の彼らがそんな危険を冒すことを好んだりはしない。
三郎の命さえも危ういと言うのに、そんな事出来る時期ではないのだ。
「でも、仮に私がやったとしてさ、三郎。どうして今さら礼なんて言う気になったんだ?」
おかしいだろう、三郎。
お前は決して私に礼なんて言うやつじゃなかった。
謝る事だって、今まで一度だって無かった。
言ってほしいわけじゃない、ただ、彼の喜ぶ顔が見たくてした事の方が多かったけれど。
急にそんな事を言われると、怖くなってしまう。
『…言いたくなったからだ。お前に、礼を』
「それだけ?」
『他に理由がいるのか?』
要らないね、と短く返すと三郎はだろう?と返してくる。
一瞬、沈黙が降りて私はどう返していのか解らなかった。
私ね、もうすぐ消えてしまうんだ。
と、そう言えればよかったのかもしれない。
自分の存在が希薄になるなんて、思っていなかったし、私にも前兆はあると思っていた。
でも、違う。
きっと、世界はそれすらも辞めてしまったのだ。
綾部の時もタカ丸さん達のような前触れは短かった。
まるで夏の終わりとともに世界も終わろうとしているように感じるのだ。
終わる、全部、…終わってしまうんだ。
「なぁ、三郎」
そう思うと、私は居ても立ってもいられない気がした。
「私、お前にずっと言いたかった事があるんだ」
言ってももうどうしようもない事だ。
私は消える。
この世界から消える。
けれど、どうしても、もし三郎が消えないと言うのなら。
どうしても伝えたかった。
「私ね、ずっと三郎の事が好きだった。コモンズが決めたのだとか、そんな事一切関係なく、私は三郎が誰よりも好きだった」
『兵助…私は…雷蔵が、好きだ』
「知ってる。ずっと、私に言ってたじゃないか。…でもさ、覚えててほしいんだ。私が三郎の事、どう思ってるのかって」
そういうと三郎はこくんと微かに息をのんだ。
解って、しまったかもしれないなとぼんやり思う。
私がどうなるのか、三郎は知ってしまったかもしれない。
微かに、スピーカーから何かを堪えるような息遣いが聞こえた。
「三郎、泣くなよ。なんか、こっちまで、泣きたくなる…」
『煩い、泣いて、悪いのか』
「悪くはないけど…けど…」
『ごめんな、兵助、ごめん…』
全部、私のせいだと言いたいのだろう。
自分が何時までも雷蔵にこだわっているせいで、と。
「…なんか、今日は三郎が素直だ」
『悪かったな』
「いや、なんか良いもの見れた気がするから、良いよ。でも、泣かせてごめんな」
そういうと彼は『全くだ』とすすりあげながら言った。
「海、絶対に行けよ。あ、あと、はっちゃんが今度四人で海に行こうってさ」
『…四人でって、私と兵助と、雷蔵とハチでか?』
「そ。なんかお前を海に落としてやりたいんだってさ」
『返り討ちにしてやるって言っとけよ』
「言うと思ったよ」
そう言ってまた沈黙が訪れる。
『またな、兵助』
「あぁ、三郎、また」
そう言って、PCの通信が切断される。
またな、なんて、またなんて何時あるか解らないけど。
私はそのままベッドへと横になった。
ぼんやりと天井を見つめれば、ゆっくりと瞼が重くなっていく。
目がさめればいいのに、と思いながら私は視線だけ扉の方へと向けた。
隣の部屋にははっちゃんがいる。
ごめん、と唇だけで紡いだ。
私がいなくなれば、自然とはっちゃんも消えてしまう。
道連れにするみたいで嫌だなと思いつつも、私の瞼はそのままくっついてしまった。
海に、行きたい。
四人で、三郎が行きたいって言ってた彼の故郷の海を見たいと思った。