17 / あの約束を

兵助と別れて、僕は一人でエア・カーに乗った。
そこから見える景色は、何時もの薄暗い宇宙だった。
暗い空の中に転々と見える星、そして、第五寄宿舎と学習棟の間のあの碧い母星だ。
窓から見えるまるでビー玉のように輝くそれを見ながら、僕は唇を噛んだ。
あの星は、僕達に懐かしいと、帰りたいという感情を抱かせる。
でも、彼女は同時に僕達を要らないと言う。
もうそこに住んではいけない、決して育んだりはしないと。
それがどうにも理不尽に感じてしまうのだ。
要らないというなら、そんな風に光らなければ良い。
僕達に要らない感情など抱かせなければ、こんな風に苦しむことだってきっとないんだ。
そうやって姿を見せて、手を伸ばせば届きそうな位置にあるから、余計な期待をしてしまうのに。
彼女は―母星は僕が出会ったものの中で一番残酷に思えた。

部屋に帰ると、中は真っ暗だった。
とはいえ、誰かが入れば必ず中のセンサーが反応する。
ぱっと一気に灯りがつけば、僕はぐるりと部屋の中を見渡した。
もう、僕の部屋と言っていいくらいに、三郎の部屋の中には僕の荷物が増えていた。
僕の食器、僕の服、僕の……。
数えたらきりがないかもしれない。
ふと、僕の視線はソファの上にとまる。
そこには、横たわっている三郎がいた。
ぐったりして寝そべって、まるで動かない様子を見ると不安になってしまう。
死んでしまったんじゃないかと思って僕は血の気が引くのが解った。
真っ直ぐに彼の元へ行けば、生きているのか確認するように彼の口元に手を当てた。
そこに感じる彼の息に僕は安堵した。
ほっと、息をついて彼から離れようとした。
「らいぞう、帰ったの?」
そう彼の声がして、僕はソファの横に膝を吐いた。
弱弱しい声に、僕は少しだけ泣きそうになった。
嫌だ、と思っても僕にはきっとどうする事も出来ない。
「…うん、帰ったよ。三郎は、今起きた?」
そう尋ねると、微かに彼が肯くのが解った。
「灯りも着いたし、それに雷蔵の気配を間違えたりなんかしないよ」
そう言ってゆっくりと瞼を開けて、彼はこちらを見た。
前よりもずっと弱弱しくなった声が痛々しい。
「…三郎、体は大丈夫?」
「今寝たから平気だよ。もう、起きれる」
そう言って体を起こした彼は、やっぱり痩せている気もした。
いや、痩せていると言うよりは希薄になっているのかもしれなかった。
それが本当に切なくて、溜まらなくて僕は思い切り彼に腕を伸ばしてしまった。
抵抗も、避けることもしなかったのか、出来なかったのか、三郎は僕の腕の中にあっさりと収まってしまって、きょとんとしている。
「雷蔵、どうしたの?」
そう問われても僕は上手く言葉に出来ない。
ただ、抱き締めないと消えてしまうかもしれないって思ったんだ。
きっとそれを言うと三郎は大丈夫と言うんだろうけど、僕はそれでは安心なんか出来ない。
「三郎、僕ね…。夢を見るんだ」
「夢?」
聞き返されて僕は肯いた。
「……小さい頃の夢、だと思う。海に行くんだ。そこで、大事な人に会って、その人と約束をするんだ。すっごく懐かしくて、僕にとって一番大事な事だって思うんだ」
「海の夢…私も、見るよ。私は…」
「ねぇ、三郎。僕ね、そこで会った大事な人は…三郎じゃないかって思うんだ。でも、どうしても…約束の内容だけは…思い出せないんだ…」
ぎゅ、と三郎を抱きしめる腕に力を込めると、彼の腕が僕の体を抱き返してくれるのが解った。
上手く力がこめられないのかもしれない、その腕は僕の体に巻きついているだけみたいだった。
「…でも、そこまで思い出してくれて嬉しい。最初に会った時の事だけでも、思い出してくれて…私は凄くうれしいんだ…」
その言葉にぎゅと胸が締め付けられるような気がした。
本当は思い出したわけじゃないんだ。
ただ、そう信じたいだけなんだ。
でも、僕はそれが言えなかった。
「…ねぇ、三郎。約束の事、君は覚えてるんでしょう?」
「覚えているよ。全部覚えてる。…でも、教えてあげないよ」
そう言ってくすくすと三郎は楽しげに笑っている。
どうして、と唇だけで紡げば三郎はまだ笑っていた。
「それが一番重要だから。それが思い出せたら、きっと雷蔵は全部思い出すと思うんだ」
だから、言わない、と三郎は目を細めた。
そっか、と小さくつぶやけば彼はこくりと肯いた。
「…ねぇ、雷蔵。母星に、行ってみようか」
「母星に?」
そんなの無理だ。
母星には選ばれた人間しか行く事は出来ないはずだ。
「うん、コモンズにね、申請をしたんだ。私と雷蔵を母星に連れて行ってほしいって。最後の賭けをしたいって。…しぶしぶだけど、乗り物を用意してくれるって返事が来た」
「じゃあ…」
「一日だけだけどね。…あの海に行ったら、雷蔵も思い出してくれるかもしれないって思ったんだけど」
駄目かな?と言われれば、僕は首を横に振った。
「行く、行くよ。三郎と一緒に行く。でも、何時、行くの?」
「それはまだ解らない。…用意してくれるって言ってたけど、まだ日時は教えてくれないんだ」
「でも行けるんだね?」
そういうと三郎は勿論、と肯いた。
「じゃあ約束するよ、三郎。一緒にあの海に行こう」
そう言って小指を差し出すと、三郎はそれにそっと小指を絡めてくれた。
「…あの時と、同じだね」
「夢の、話?」
「あぁ…。あの時も雷蔵からこうやって小指を出してくれた」
「そう、確かそうだ。僕から小指を差し出した」
「それから、約束だよって言ったんだよ」
「夢で見たよ」
そう言ってにこりと笑みを浮かべれば三郎は肯いてくれた。
僕はそれだけで、十分な気がしていたんだ。