15 / ねぇ、だから
コスモスの意志と言うのは私たちには図ることが出来ないのだと、初等部で習った。
私と兵助と、他の幾人かの被験者たちはそこで特別な学習を受けたのだ。
この世界の情勢を学んでおかなくてはいけないと言われた。
この都市、学園を管理しているのはコモンズで、その更に上にいるのがコスモスだ。
コスモス―宇宙という名前を冠した組織の母体は母星にあるという。
そこから送られてくる指令は絶対で、その意志も絶対なのだと言う。
抽象的すぎるその組織が本当に存在するのか、それは誰しもが疑問に思っていた事だった。
だが、その存在は確かにあるのだと理解した。
それは自分自身が今、消えようとしている事から解ったことだ。
コモンズは私に消えることは許さないと言った。
だが、現に私は排除されようとしている。
少しだけ重たい意識の中にぽっかりと浮かんだのは、時折エア・カーから見える母星だった。
もしかしたら、コスモスというのは、あれ自体の事かもしれないと。
私は少しだけその可能性を思った。
ぱち、と照明が一気に点くのが解って、私は瞼を上げた。
眩しいと幾度か瞬きをして、部屋の入口を見ればそこには雷蔵が経っている。
沈んだ様子の彼を見れば、唇だけでどうした?と紡いだ。
最近は、体の重さがけがやけに目立つようになってきた。
ぐったりとこうやってベッドに寝ていることが多くなった。
雷蔵は、目を上げてそっと此方にやってくる。
私が眠っているベッドに座れば、そっと私の髪をなでてきた。
「ねぇ、三郎。三郎は、綾部君って知ってる?」
そう聞かれて、私は肯いた。
綾部はタカ丸さんのパートナーだ。
「僕、今日その子に会ったんだ。会って、クロスって言うのについて教えてもらった」
その言葉を聞いて、私は思わず目を見開いた。
綾部はなんて事を教えるんだと、思わず絶句してしまう。
言葉が見つからない私を見て、雷蔵の眼が少しだけ不安そうに揺らいだ。
「綾部君は、それは僕には特別な意味があるって言ってたんだ。でもその意味は、感じないと駄目なんだって。それから、僕はもうその人を見つけてるって…」
「らい、ぞう」
乾いた喉でようやく彼の名前を紡げば、するりと彼の手が私のほほを滑った。
「僕は、その人が三郎だったら良いなって思った。他の誰かじゃなくて、三郎が良いって」
そう言って私を見つめる雷蔵の眼は何時になく真剣だった。
真っ直ぐに見詰めてくる視線から目をそらせない。
「ねぇ、三郎。今、君の体がおかしくなってるのは、もしかしてクロスをしてないからじゃないの?だから、…そうやって寝たきりに……」
そう言って唇を噛むのを見れば、重たい手を持ち上げて頬に触れている彼の手に重ねる。
否定も肯定も出来なかった。
確かに、寝たきりになってしまった理由はクロスをしていないからだ。
でも、それだけでは足りない。
雷蔵じゃなければいけないと言うのもあるが、今の雷蔵ではだめなのだ。
「ねぇ、三郎。僕にね、クロスを教えてほしいんだ。そうしたら、君も前みたいに…」
「駄目だよ、雷蔵」
駄目だ、と小さく続けると雷蔵の眼が悲しそうにゆがむ。
「それは、僕じゃあ駄目って事?他の人じゃないと駄目なの?」
「違うよ、雷蔵。そうじゃないんだ」
そう言ってゆるく首を振れば彼は不思議そうな顔をした。
どういう意味かというような眼で見つめられて、私は少しだけ嬉しくなる。
雷蔵は私のために考えてくれている。
それだけで胸がいっぱいになりそうだった。
「私の相手は雷蔵だ。君しかいない。…でも、思い出してくれないと駄目なんだ」
「思い出す?」
「ねぇ、雷蔵。君は私と、ここに来て、初めて会ったと思ってる。でも、違うんだ。私達はそれ以前に会ってるから…それを思い出してほしいんだ」
「それが、思い出してほしい事なの?」
そう聞き返されて、私はこくりと一つだけ肯いた。
そう、それを思い出してくれれば。
その時にした約束を思い出してくれれば。
それだけが私の望みなのだから。
「雷蔵、…そろそろ夕飯食べようか」
そういうと、彼は肯いて私から手を離した。
「またここに帰ってきてね」
私がそういうと彼は何時も、笑顔でうなずいてくれた。
物心ついた時には既にそのやり取りは恒例になっていた。
雷蔵は、それに「勿論だよ」と返してくれる。
それが嬉しくて、私は毎年の夏がとても楽しみだった。
あの広い海で何時も一緒に遊んだ。
だから、最後に別れるあの夏に約束したんだ。
私はこの海で遊ぶのが最後になると解っていて、泣いてしまった。
それを見て雷蔵は「大丈夫だよ、またちゃんと戻ってくるから」と言ってくれた。
大好きな雷蔵。
私のたった一人の人。
「戻ってきたら、一緒に、ずっと一緒にいようね」
その約束を私はまだ覚えているんだ、雷蔵。
だから、早く、一緒にあの海に帰ろう。