14 / 知るのも怖い。

タカ丸さんが消えると解ったのはもうずいぶん前だった。
私は初めて会ったときからタカ丸さんが好きだった。
最初に会ったのは、中等学校に入ってすぐ。
彼は二つ年上だったけれど、体の関係で私たちと同じ学年で入ってきたのだという。
元々クラスは違ったけれど、初めて人に興味を持った瞬間だった。
それまで私は他人と言うのがどうしても理解できなくて、世界は自分とそれ以外という認識でしかなった。
だけど、初めてそれ以外が出来たのだ。
目の前にいる人だけは違う、私はこの人のために生まれてきたんだと何が言っていた。
だから、涙が出た。
涙を流して、周りからは不審に思われただろうけれど、タカ丸さんはまっすぐに私のところに来て、「見つけた」と言ってくれた。
見つけた、私も見つけたんだ。
世界でただ一人、私の全て。
それが彼だった。
消えると言うのは本当の事なんだと、腕の中でその存在が薄れていくあの人を見て、私は愕然とした。
どうして、私の全てを奪っていくんだろう。
私はこの人のためにいるのに、どうしてそれが消えていくんだろうと。
「泣かないでよ、喜八郎」
最後に、タカ丸さんが残してくれた言葉はこれだった。
だから私は今まで一滴の涙もこぼしてはいない。
生きてくれと言われなかっただけ、きっとタカ丸さんは優しいんだろう。
私は部屋を出ると、食堂へと向かう。
ちょっと前までは私とタカ丸さんが交互に食事を作っていたけれど、今はそうすることも億劫だった。
食堂に行くと、そこには不破先輩がいた。
窓際に座ってぼんやりと外を見ているのを見て、私の中でふつふつとこみあげてくるものがあった。
この人が、思い出さないから。
思い出さないから、あの人は!
でも、私はその怒りをぶつけることが出来なかった。
外を見て、ぼんやりとしている不破先輩は何も知らないのだ。
知らない人に何を言っても無駄なのだ。
でも、一つだけ、もしかしたら、と私はそのまま足を進める。
「…不破先輩」
そう名前を呼べば、先輩は不思議そうな顔で私の方を見てきた。
「君は…?」
「一つ下の、綾部喜八郎と言います。鉢屋先輩の知り合いです」
そういうと、不破先輩は「あ、三郎の」と表情を明るくした。
「はい。正確にいえば、私の相部屋だったタカ丸さんと鉢屋先輩が友達で、私はそれにくっついていただけなんですが」
「そう、なんだ。タカ丸さんは知ってるかな」
あ、座る?と言われて私は向かいの席を勧められた。
それに素直に従えば、不破先輩はにこりと笑みを向けてくれる。
「不破先輩は…クロスって何かご存知ですか?」
そう問えば、先輩はへ?と間抜けな声を出して、私の方を見つめてきた。
あぁ、やっぱりそれも知らないんだと納得してしまう。
「知らないんですか?」
「何をすることなの?」
そう言われるとちょっとだけ困ってしまった。
一般的なクロスはかつて男女で行われた性交渉の真似事だ。
ふつうの生徒が行うものはただ、快楽を得るための一種の娯楽みたいなものだけれど。
私たちにはもっと違う意味がある。
悩んでいる様子を見て、不破先輩も不審に思ってしまったのか、どうしたの?と聞いてくる。
「あぁ、いえ。どうやって説明しようかと思いまして」
「説明に困るの?」
そう聞かれて、私も流石に黙ってしまう。
この質問はちょっと此方に不利だったかもしれない。
「……そうですね、なんていうか、確認作業みたいなものです」
「確認作業?」
「私には世界で一番、自分よりも大事な人がいて、その人も同じように思ってくれています。その気持を確認するっていう作業です」
そう説明すると、ふぅん、と素っ気ないというよりはぴんと来ないような返事をされてしまう。
普通の人の感覚なんて、実際はそんなものだろう。
感情の確認など、言われてぴんとくる人など多くはない。
「でも、私や不破先輩や…一部の人にはもっと重要な意味があるんです」
「重要な意味?」
そう問われて、私はこくりと肯いた。
そう、重要な意味があるのだ。
これは私たちが存在する上で、何より重要な事だ。
「これは多分、口で説明はできませんね。感覚の問題だと、私は思っています」
そう言うと不破先輩はそっか、と小さく言葉をこぼした。
「…ねぇ、先輩は本当に知らないんですか?」
「綾部、君?」
「本当は知らないふりをしているようにしか、私には見えません」
そういうと、不破先輩は困惑したように私を見ている。
この人はきっと本当に知らない。
いや、正確にいえば知らないと思い込んでいるのだ。
知らないわけがない。
「先輩、よく考えて下さい。クロスは誰とやっても、意味があるわけじゃないんです。たった一人、世界でたった一人の人とするから意味があるんです」
「世界で一人…?」
「えぇ、世界で一人。先輩はもうその人を見つけてるはずなんです」
だから、思い出してください。
その人の事を、その人とどうしてクロスしなければいけないかを。
本当なら、先輩はもう知っているはずなんです。
でなければ、私たちはこんなにもあの行為を神聖視したりはしない。
植えつけられた細胞が、それに影響を受けている私たちが、特別だなどと思ったりはしない。
「…見つけてるの、かな。僕は…」
そう言って遠い目をする人に私は一つだけ肯いた。
微かに、私の体に眠気が襲ってくるのが解った。
あぁ、もうすぐ、これが頻繁に来るようになる。
タカ丸さんのように、常に眠るようになるのだ。
それが少しだけ嬉しくて、私は席をたった。
「…私は、部屋に戻ります。不破先輩、私が言った事、考えてみてください」
その言葉に微かに不破先輩が肯くのが見えた。
襲ってくる眠気を何とか振り払いながら、私は彼が思い出すのを祈りながら、エレベーターへと乗り込んだ。