13 / 君は決して言ってくれない
怒らせてしまったと思った。
三郎が部屋を出て行った後、僕は途方に暮れてしまった。
一体何が三郎を怒らせてしまったんだろう、泣きそうになってしまう。
でも行かなければいけないと思った。
きっと彼はあの海にいると確信した。
だから僕はまっすぐにそこへ向かった。
「三郎」
タカ丸さんから引き離すように腕を引いて、僕は砂浜を歩く。
そこを抜けて、二人でエア・カーに乗り込んだ。
気まずい空気の中で僕は何も話せなかった。
怒らせたのは僕だ。
でも、今怒っているのも僕だった。
「雷蔵…私は…」
「三郎、僕ね。僕…、思い出したいんだ」
そう、僕は思い出したい。
君は僕に思い出してって言ったんだ。
僕は、それだけは覚えてるんだ。
「…君が僕に思い出してって言ったから。だから、僕は兵助の言葉を信じようと思ったんだ」
そう言うと隣で三郎が小さく息をのむ。
「僕は、さ、三郎。君のために思い出そうって思ったんだ」
そう言うと彼は「そうか」と言って笑みを浮かべてくれた。
それが嬉しくて、僕もうんとそれだけ言って肯く。
何だろう、怒っていたのが凄くバカバカしくなってしまっていた。
その日の夜、僕はまたあの夢を見た。
あの夏の夢だ。
その夢の中で、僕はやっぱりあの子と一緒にいた。
彼は僕に何かを話している。
それが僕には聞き取れなくて、そこだけがやけに引っ掛かった。
「まってるよ、ぼくはここで、ずっと」
それだけ、最後に聞き取れた。
ふ、と消えてしまいそうになった彼に僕は思わず腕を伸ばした。
「――っ!!」
がばり、と体を起こせば僕は三郎のベッドに寝ていた。
何を叫ぼうとしたのだろうか。
僕は汗を掻いている。
はぁはぁと肩で息をしながら隣を見れば、三郎はそこにはいなかった。
時計を見れば、既に10:00を回っている。
あぁ、そうか、もうそんな時間かとため息をついて僕はベッドから降りる。
最近は全く見てなかったのに、どうして今さらあの夢を見たんだろう。
意味があるのかもしれないけれど、それが解らなくて、前までは心地よい夢だったのが悪夢に思えてきてしまった。
冷蔵庫の中にあるスポーツドリンクを半分ほど飲んで、僕は息を吐く。
ふと、リビングを見れば三郎のPCが開けっぱなしのまま、放置されていた。
そう言えば、今三郎は何処にいるんだろう。
キッチンにもリビングにもいないし、買い出しにでも言ったのだろうか。
何も言わずに出て行くなんて、彼らしくないなと思いつつも僕の眼は開けっぱなしのPCにくぎ付けになってしまった。
僕は三郎の事を知りたいと思っている。
この間喧嘩してから僕はその欲求が増したように思えた。
三郎の事をもっと知りたい、もっと仲良くなりたい。
そんな風に思ってしまったのだ。
だからというわけではないけれど、僕は思わずそのPCに手を伸ばしてしまいそうになる。
何か、彼の事を知れるかもしれないって。
人のものを見るのはよくないと解っていたけれど、僕はそれを見ずにはいられなかった。
PCの前に来れば通信画面の履歴がそのままになっていた。
通信の相手は―兵助だった。
友達と、二人は言うけれど、僕は何時も疑ってしまう。
本当はそれ以上に何かあるんじゃないかって。
兵助は三郎にとって特別な相手なんじゃないかと思ってしまう。
それは僕が二人の事をよく知らないせいだからだと思ってはいるけれど。
何もいじらないで、このままにしておけばばれない。
自分にそう言い聞かせて、僕はそこに書いてある文字を読む。
『何時まで待つつもりなんだよ。早くしないと、時間がないんだろう?』
これは兵助の言葉だった。
時間がない?何がだろう、と僕は首をかしげる。
それに対する三郎の返事はなかった。
もしかしたら、これは兵助からの一方的な通信なのかもしれない。
『三郎、いい加減にしろよ。もう、タカ丸さんだって限界が近いみたいだって綾部が言っていた。何時、消えるか解らない。早くしないと、みんな消えるかもしれない』
消える?みんな?
そこまで読んだところで、扉が開く音がして僕は慌てて立ち上がった。
三郎が帰ってきたらしい。
幾らなんでも勝手に通信履歴を見ていたことがばれたらまた、喧嘩になると僕は慌てて、PCの画面を閉じてソファに座った。
「雷蔵、起きたのか」
「うん、さっきね。三郎は何処かに行ってたの?」
「まぁね。ちょっと買い出し。…珈琲が切れてたからさ」
「高いのに?」
そう問い返すと、三郎はまぁねと言いながらキッチンの方へと歩いていく。
ばれてない、と安堵しながら僕はそれでも後ろめたい気持ちが消えなかった。
消えるってどういうことだろう、と僕はエア・カーに乗り込んでぼんやり考えていた。
タカ丸さんも限界で、みんなが消える。
その意味が僕にはさっぱり解らなかった。
「雷蔵?おーい」
と、聞き覚えのある声がして僕ははっと肩を揺らして声のする方を見つめた。
「ハチ…」
名前を呼べばハチは何時もの笑顔のまま僕の隣に座ってきた。
何時から乗ってたんだろうと考えてしまうけど、きっと僕がぼーっとしてた間なんだろう。
エア・カーは既に、最初に行こうかと思っていた娯楽棟を通過している。
「どうしたんだよ、ぼーっとしてさ」
「うん、ちょっとね。考え事」
そう返すと、ハチはふぅんと気のない返事をするだけだ。
「あ、そう言えばさ、お前に話したって、俺部屋替えしたって」
唐突に言われた言葉に僕は首をかしげてしまう。
どういうことだろうと、言いたげな目にハチはあのなと言葉を次いだ。
「なんか、第五寄宿舎のどっかの階を改装するって言われてさ。俺、兵助と相部屋になったんだよ。なんかわかんね―けど。だからさ、次、誰かを遊びに誘う時はアイツの許可もとらねーといけなくなってさ」
「あ、そっか。一緒に住むならね」
確かに、と肯けばハチは「面倒だろー」と嬉しそうな表情とは裏腹な言葉をこぼしている。
本当は嬉しいのにと思ってしまう。
だって、兵助の本当のパートナーはハチなんだ。
決してマザーじゃない。
それはコモンズではなくて、コスモスの意志だからだ。
それに気づかない兵助も馬鹿だなと思う。
マザーが選んだのは僕で、決して兵助じゃない。
本当に、母星が必要としているのは、君たちじゃなくて―。
「って、感じでさ。まぁ、別に窮屈ってわけじゃないんだ。あ、雷蔵、俺、ここで降りる」
「え?」
あれ、と僕は不思議な感じでハチの言葉を聞いていた。
今、僕何を考えてたんだろう。
妙な顔をしているだろう、僕の隣からハチが立ち上がる。
「俺、兵助に買い物頼まれてたんだよ。じゃあ、またな」
そう言ってハチはエア・カーを降りていく。
それを見送りながら、僕はさっきまでの考え事を思い出そうと頭をひねった。