11 / 君にとって僕は
善法寺先輩と食満先輩が消えたというのを知ったのは、綾部が私のところに来てからだった。
それまで、何も知らずに過ごしていた私には衝撃的で、余りの事に言葉を失ってしまった。
「私とタカ丸さんもそうなるんでしょうか…」
そう言って去って行った綾部にもかける言葉など見つからなかった。
消える、と言うのは物理的にではなく、下手をすれば存在自体が消えると言うことなのかもしれない。
暫くは部屋を出る気にもなれずに、私はぼんやりとベッドの上で過ごした。
間で、はっちゃんから連絡があったりもしたけれど、体調が悪いと言って取り合わなかった。
それでも気になることが多くて、私は重たい体を無理矢理起こした。
痕跡を探そうと思ったのだ。
あの二人の痕跡を。
二人が住んでいた部屋、二人が所属してクラス…全て調べたけれど全くその痕跡が見当たらなかった。
クラスの人間に尋ねても、そう言えば見ないと言う認識だけで、中には既に「そんな人いたっけ?」というレベルにも達している。
そう、二人は完全に世界から消えていた。
名簿から削除された戸籍ナンバーはそれを物語っている。
死亡などとそんなことすら書かれることはなく、完全に消えているのだ。
まるで、元からいなかったかのように。
その事実に、私は血が凍るような気がした。
もし、これが現実ならば、何時かは誰しもが消えてしまうのではないのだろうかと、そんな事まで考えた。
だが、今はまだ三郎のチャイルドとそのパートナーにとどまっている。
全ての子供が消えているわけではないのだ。
現に彼の細胞を移植されていない下級生たちにそんな気配はない。
それが救いだと思えないのは、自分の身にもそれが降りかかるかもしれないと思っているからだった。
消える、私も、二人のように。
それが重くのしかかってくるような気がした。
何時も通り、食堂で簡単な食事をとっていれば、ふと目の前に茶色の髪が移りこんだ。
三郎か、と思って顔を上げたけれどそこにあったのはアイツとは違う、何処か柔らかい気配をまとった雷蔵だった。
「兵助、今、時間良いかな?」
そう言われて私は直ぐにうなずいた。
正面に座る彼の様子は何処となく沈んでいるようにも見える。
「…あのね、兵助は、善法寺先輩と食満先輩を覚えてる?」
そう言われて、私は微かに目を見開いて、だが直ぐにうなずいた。
それを見て、雷蔵は安堵したように息を吐く。
「よかった、僕と三郎の勘違いとかじゃなかったんだ。…この間まで一緒にいたのに、さ。急にいなくなって、それをハチに話したんだ。そうしたらさ、その人たち誰だっけ?って返してくるんだ。だから、心配になっちゃって。…だから誰かに確かめたかったんだ」
「そうなのか…」
うん、と雷蔵は肯いてそれから買ってきていたらしいスポーツドリンクを一口飲む。
ふ、と零れた息を聞いて、私は目を細めた。
「…でも、何処に行っちゃったんだろう、先輩たちは。見かけたって人もいないし、誰それって人の方が多いんだ…」
「心配なのか?」
そう問えば、雷蔵はうんと肯いた。
「だって、短い間だったし、ごっこだったけれど。家族だったから。三郎も、最近沈みがちだし…」
「三郎が?」
「…そうなんだ。今も一緒に生活してるんだけどさ。一人で考え事してる事が多くて…」
何かあったのか、と目を細めれば雷蔵は、小さく息を吐いた。
心配しているらしい、その様子に私も少しだけ安堵する。
本当は、二人の事が心配だったのだ。
家族ごっこの話は一応三郎からも聞いていたし、あの二人が消えたことで二人がまた元のように距離を広げてしまったらと。
せっかく縮まった距離を広げてしまうような事はしてほしくなかったのだ。
「…でも、マザーも馬鹿だと思うよ」
そんな事を考えていれば、雷蔵の口からそんな言葉が出てきた。
「雷蔵?なんだよ、急に…」
「そっちで呼ぶなんて…KH899765、君も最近マザーに感化されたの?」
雷蔵の口から出てきた私自身の戸籍ナンバーに一瞬、言葉を失ってしまう。
そんな呼び方をするのは、ここでは学園の管理コンピュータの末端だけだ。
生徒の呼び出しに使われるそれらは、基本的にナンバーで私たちを呼んでいる。
「ねぇ、KH899765。コスモスの決定は絶対だろう?それがあの二人を消したのなら、それは必然だったんだ。だから、別に悲観する必要はないと思うんだよ、僕は」
「…ら、…FR543369はそう思うのか?」
名前で呼ばずにあえて私もナンバーで彼を呼ぶことにした。
話を合わせたほうが、今は良い気がしたのだ。
今の雷蔵はおかしい、何か嫌なものを感じるのだ。
さっきまで話をしていた彼とは別人のような、冷たい感じだった。
これは一体誰だろう、と私の視線も微かに鋭くなる。
「もちろんだよ。僕達はコスモスに生かされてる、ならコスモスが要らないと言えばそれに殉ずるのは当然なんだもの」
「…なら、私たちの権利なんて無いも同然じゃないか」
そう返せば、雷蔵はやはりきょとんとした顔でこちらを見てくる。
言っていること自体が理解できないというような顔だった。
「そんなもの、最初から無いに決まってるじゃないか」
おかしなこと言うな、君も、と雷蔵はふふと笑いをこぼしている。
その言葉に、私は「そう…」とだけ返して、目を伏せた。
一瞬、目の前にいる相手が誰だか解らなくなる。
何処かで、私は彼に会ったことがあるような気がしたのだ。
気のせい、と思いたかったが何かが引っ掛かるのだ。
記憶と言うのが何よりも曖昧だということは、実際目の前にいる人を見れば解っていた。
直ぐに記憶を失ってしまう雷蔵は、それを体現しているように感じた事さえある。
だが、この感じは確かに私の中の何かが覚えているのだ。
そう、小さい頃、私の記憶が完全に脳にとどまる前のような…。
「…FR543369、もしかして、君は…」
「あれ?兵助、どうしたの?」
急に、あの冷たい感覚が消えた。
ふ、と雷蔵の周りの空気が何時もの柔らかいものへと変わる。
「らい、ぞうなのか?」
そう問いかければ彼は首をかしげて「そうだけど…」と返してくる。
「…あ、いや、何でもないんだ」
「そう?なら、良いんだけど。…そろそろ僕は戻るね。三郎が夕飯作ってるはずだから」
そう言って雷蔵が席を立つのを視線で追いかける。
じゃあね、と言って食堂から出ていく彼を、私は見送るしか出来なかった。
あの冷たい感覚、私はそれを思い出そうと軽く唇をかんだ。