笑顔でキレる
普段怒らない人を怒らせると怖いのです。
「僕がどうして怒っているのか、わかってるよね、兵助」
にこにこと満面の笑みを湛えて、雷蔵は自分の前に正座をしてうなだれている兵助に言葉を向けた。
隣では泣きながら逃げてきたらしい三郎が竹谷の膝に突っ伏して泣いていた。
事の発端は兵助と三郎の夜の営みに関してだった。
今日はいやだ、眠たいと言った三郎に兵助がしつこく迫った。
そして、喧嘩になったのまでは、まだいつもの流れだった。
しかし、この日は少し兵助の様子が違ったのだ。
一体何を吹き込まれたのか、手には荒縄を構えていたのだ。
「今日はこれを使いたかったんだ!」
とのたまったのである。
最初は三郎も何を言ってるんだと取り合わなかったのだが、とうとう力押しに出られてからはその態度を改めた。
縄を構えてこちらへとにじり寄ってくる彼の顔は、本気だった。
身のこなしに関しては三郎が上だが、力自体は兵助の方がある。
変装の為にあまり筋肉をつけないようにしているせいか三郎は身軽だが、その分力押しには弱いのだ。
何とか出入り口まで問答をしながらにじり寄って、兵助が飛びかかってきたところで三郎は廊下へと逃げだした。
とりあえず誰かに助けを求めなければ!!
最初に思いついたのは一も二もなく雷蔵だったのだが。
廊下を走りぬけながら、後ろを見ればかっと目を見開いて、口元をにやぁと歪ませて、髪を振り乱し、手には荒縄をもって追いかけてくる兵助がいた。
正直言って、怖かった。
(山姥だ!山姥に追いかけられてる!)
もう、相手と恋仲だとか、そいつは男だとかそんなことは三郎の頭にはない。
長屋がやけに広く感じるほどに、後ろからやってくる気配は鬼気迫るものがあったのだ。
「雷蔵ー!ハチぃいい!助けてぇえええ!」
と、ろ組の長屋が目の前に迫ったところでそんな叫び声を上げれば、ぱっと二つの部屋に灯りがついた。
助かった!と一瞬気を抜いたのがいけなかったのかもしれない、兵助がざっと体をかがませて、三郎に足払いを食らわせたのだ。
普段ならよけられそうなそれを、あっさり食らってしまった三郎はそのまま後頭部を打ちつける形で転んでしまう。
それに畳みかけるようにして、兵助がのしかかってきたのだ。
はぁはぁと肩で息をして、こちらを見つめてくる兵助は本当に”ハンター”の顔をしていた。
「三郎、逃げる時は最後の最後まで安心しちゃだめだろう?」
ぱしん、と兵助がその目の前で縄を撓らせた。
「お、おまっ、た、助けて!兵助、いやだ!ほんとやめろ!」
「止めない、今回はこれを使うんだ」
「何でそれにそんなに拘るんだ!」
「だって三郎が逃げるから!」
「普通逃げるわあああ!!」
いやだ大人しくしろいやだという問答を続けていれば、灯りがついた部屋の扉がさっと開かれた。
「三郎!一体どうしたの?!」
もう寝始めていたのだろう、雷蔵の髪は少しだけ乱れている。
あわてて羽織を肩にかけて廊下に出てみれば、雷蔵はその顔を思いきりひきつらせることになった。
目の前には、一年生のころから仲の良かった親友とそれを組み敷いている別のクラスの友人というとんでもない光景が広がっている。
その隣の竹谷の部屋の扉もあいて、うわぁ、というあきれたような声が響いた。
「ら、雷蔵!助けてくれ!兵助が!」
助けてぇ!ともう一度続ければ、雷蔵が出る行動は一つだった。
ほんの少しある距離から軽く助走をつけると、兵助の側頭部めがけて蹴りを放つ。
それをもろに食らって、兵助は庭に投げ出されてしまった。
すざぁあ、という音と砂ぼこりを上げながら兵助は庭で頭を抱えてうずくまっている。
「うわあぁあん、雷蔵!怖かったぁあ!」
お前は子供かと言わんばかりの泣き声と口調で、三郎は助けに来てくれた雷蔵に抱きついた。
竹谷はと言うと、庭に下りて、蹴り飛ばされた兵助の肩を揺さぶって無事を確認している。
「大丈夫だよ、三郎。兵助はあの辺で伸びてるから、ね?」
「私、本当に取って食われるかもって思って、無理!あんなの無理ぃっ!!」
と、完全に泣き始めてしまったのである。
そして、何とか正気を取り戻した兵助はこうして雷蔵と三郎の部屋に呼ばれたのだった。
「全く、無理じいどころかこんな風に泣かせて。夜中に縄持って追いかけまわすとか、馬鹿じゃないの?いや、馬鹿なの?死ぬの?本当にいい加減にしなよね、何があったのか知らないけど。理性をなくすくらいとか阿呆のすることでしょう?あぁ、そうか、阿呆なんだね、兵助は。死ねば?むしろ手伝ってあげようか?縄もあるしね。そこに括ってあげてもいいよ、全く、どうしてほんとに…」
その後、雷蔵の満面の笑みでのこんな調子の説教は朝まで続けられた。
途中で泣きつかれた三郎は寝てしまうし、竹谷も竹谷でそれにつられて壁にもたれて眠っていた。
次の日、げっそりと目の下に隈を作った兵助は、朝起きた三郎に土下座して謝ることになったのだった。
end
説教というよりはもはや言葉攻めに近いものもあるのですが…(汗)久々鉢+雷蔵様はこんな感じだと思ってます。はい、あの限りなく黒に近い灰色の雷蔵さまが好きです。