髪を切る
長く伸びた髪に刃物を押し当てる。
変装をして、鬘をかぶっていると言っても髪は伸びるもので、それを切るのは自分でと、三郎は決めていた。
地毛を知る者はいないわけではないし、雷蔵は何度も見ている。
それでも、未だ誰にも触らせていなかった。
別に嫌なわけではないのだが誰かに頼んだり、散髪に行くのが面倒だったのだ。
こんなもんかと三郎は一度紐で髪をまとめて、それからそこに苦無を当てた。
彼の散髪風景なんてこんなものだ。
それから一気に苦無を引いて切り落とす。
そして、ハサミで長さをそろえておしまいだ。
ばさり、と髪の毛の束が背中に当たって、はーっ、と緊張を解く息をついた。
いつも自分でやっているとは言え、この作業は緊張してしまう。
手の中にあるのは、いつもの雷蔵の髪とは違う色のそれだった。
母親にそっくりと言われた髪質はみごとな手触りをしている。
(きり丸にやったら高く売れると喜ぶだろうか…)
だが、切り口が乱雑で売り物にならないといわれるかもしれない。
髪屑が、動くたびにぱらぱらと肩にこぼれていた。
短くなった髪は耳の下あたりでゆらゆらと揺れるばかりだ。
風呂にと思って、外を見ると太陽はまだ傾き始めたばかりだった。
おそらく誰もいないだろう、と三郎は手ぬぐいと風呂桶を手にして風呂場へと向かった。
「あれ…さぶ、ろう?」
風呂場でばったりと出会ったのは兵助だった。
真黒になった顔からすれば、委員会中に何かあったのかもしれない。
火薬委員は昼休みに集まりがあると午前中に聞いていた。
「…三郎、髪を切ったの?」
地毛なのかどうかすら怪しいのだろう、兵助は首をかしげながら問うてくる。
顔は雷蔵で、髪の色と質が違うのだ。
三郎は少しだけ、化粧を落とすのを面倒くさがった自分を恨んだ。
「まぁ、さっきな。お前は…委員会で?」
それ、と真っ黒になっている顔を指差せば、あぁ、うん、と返事が返ってきた。
「タカ丸さんがやらかしてさ。壺を一つひっくり返して。中身は少なかったんだが、私の頭にすぽっと…」
「そんなマンガみたいなこと…」
「事実は小説より奇なりだ、三郎」
服を全部脱いで、浴槽へと身を浸した。
入る前に髪を洗ったせいかちくちくとした痒みは消えている。
「三郎の地毛って、毎回こんな風に切っているのか?」
隣に来た兵助がその短くなった髪をじっと見つめた。
まぁな、と特に気にする様子もなく返事をすれば、ふぅんと小さくつぶやかれる。
「これどうやって切るんだ?なんか、長さがばらばらだけど…」
「ん?まぁ、苦無でばさっと…」
「首のところで?」
「まぁ、そんな感じかな」
「危ないぞ」
そう言われて三郎は首筋に手を当てて、首をかしげる。
確かにこの近くに苦無を当てるというのは、自分自身でも怖いと思っていたけれど。
だが、今更髪結いの世話になるのも面倒だった。
「…んー…、でも、今まで一度も失敗してないし」
「万が一があるだろ?」
呆れたように言われると、そりゃぁと軽く肩をすくめて見せる。
「もし、嫌じゃないなら私が切ってあげるけど」
「兵助が?」
怪訝そうに一度瞬きをすると、失敬なというように眉根を寄せられた。
「タカ丸さんに少し教えてもらったんだ。あの人みたいに奇抜なことはできないけど、切って揃えるくらいはできる」
「あぁ、なるほど…」
納得したように頷くと「で、どうする?」と兵助が首をかしげていた。
涼しくなった首元に手を当てれば、毎回、切る時の怖い緊張を思い出したのだ。
「…タダなら、考えてやってもいいぞ」
「タダより高いものはないんだぞ、三郎」
そう切り返されて、「じゃあ、××豆腐の料理一品で」そう返すと「乗った」という兵助の声が風呂場に響いたのだった。
end
久々鉢というよりは久々知+鉢屋です。髪の毛は面倒だから自分で切る鉢屋と初めてそれを知って、じゃあやってやるっていう久々知。にしても、三郎は本当に風呂入って化粧とれないのだろうか(今更)