積もった雪と待ちぼうけ
雪が降り始めたのはその日の夜半だったらしい。
あまりの寒さに目を覚ませば、外は一面の雪景色で、三郎は思わず眉根を寄せた。
折角の正月だというのに鉢屋の屋敷には数人の使用人と三郎と、幼い兄弟たちしかいなかった。
正月だけはと母親のところに戻されるのだが、今年は興業の関係の彼の母親も連れて行かれてしまったのだ。
通された離れには母親が使っていたらしい火鉢があって、それに火を入れて暖をとった。
火の始末は言われたとおりにやって、その部屋で朝を迎えたのだが。
今日帰ってくると言われたのに、外には雪が降り続いているのだ。
それに眉根を寄せて、三郎は泣きそうな顔をしてしまった。
どうして、神様はこんなに意地悪なのだろう。
折角の正月、滅多に会えない母上に会える機会なのに、雪まで降らせて帰ってくるのを邪魔する。
父上はいつも母上に会いたいというと怒るし、どうして自分を生んでくれた母上に会うのをみんなで邪魔するのだろうと、三郎はあまりにも悲しくなってしまった。
服を着替えて、縁側に座ると裸足の足に雪が当たる。
ひんやりとしたそれを感じて身をすくませるが、すぐに寒さになれてしまった。
ぷらぷらと足を外気にさらしながら、彼はぼんやりと白くなった庭を見た。
そこには真っ白な雪ばかりしかない。
母上はどうしているのだろう。
自分がここに返された時には既に出ていて、手紙が置いてあるだけだった。
ちゃんと帰ってくるからいい子で待ってて欲しいと、それだけ書かれていたけれど。
ぎゅぅと、膝を抱えてうずくまっても誰の足音も聞こえなかった。
ふわりふわりと粒の大きい雪だけが積もっていく。
しかも、縁側の屋根は浅くて三郎の肩にもそれは掛かっている。
ひんやりとした雪解け水が服にしみこむけれど、もうどうでも良いと思ってしまった。
頑なにここで母を待っていようと決めたのだ。
途中で数人の使用人が部屋に戻るように勧めたけれど、それに全部首を横に振ることで答えた。
「母上ぇ……」
日が傾き始めたころには、その声も完全に震えて、かすれたものになっていた。
ほら結局うそつきだと三郎はほほを膨らませた。
自分は三が日が終われば父親の元に返される。
それからは三月以上も会えないのだ。
彼岸時期か端午の節句か、それをまたなければならない。
そんな風に泣きそうになっていれば、ばさばさと何かが落ちる音が響いてさっと三郎は顔を上げた。
そこには、綺麗な女の人が立って、真っ青な顔をして自分を見ていた。
「は、はうえ?」
「三郎!お前、何時からそこにいたのですか?」
そのままその人―母親は自分の方に走ってきて、ぎゅと抱きしめてくれた。
よく着ている水色の小袖にも雪がしみ込んでいたけれど、それでも人の体温が心地よくて三郎はそっと目を閉じた。
「朝から…母上はいつ帰ってくるのかわからなかったから」
「こんな…頭や肩に雪を乗せて。風邪を引くところだったのに」
なんてこと、と母は今にも泣きそうな声でその雪を払ってくれる。
ぎゅぅとその着物の襟をつかんで、御帰りなさいというと、彼女は嬉しそうに「えぇ、ただいま戻りましたよ」と返してくれた。
「後でお雑煮を作ってあげましょう。どうせ、何も食べていないのでしょう?貴方は本当に…頑固な子だから」
「何で、わかるんですか?」
そう言って、瞬きをすれば、自分を抱き上げて母は部屋に入っていく。
すとんとそのまま火鉢の前に座りながらふふ、と彼女は優しく笑ってそれに火を入れてくれた。
「だって私の子ですもの。…解らないはずはないわ」
ね、と言ってなでられる手が優しくて、母親の言葉にはこくんとうなずいてしまった。
ほとんど会うこともないのに、母は優しく髪をなでて、冷えた体を擦って温めてくれた。
(父上が日にちを間違えてくれたら、もう一日一緒にいられるのになぁ)
と、そんなことを思いながら、温められる体温に彼は眼を閉じた。
end
そういやぁお母さんを出してないなぁと思ったのと、なんとなく小さい三郎にこういう思い出があったらかわいいなぁと思って書いてみました。
妄想〜の方でお母さんは名前しか出てこないので。そのうちもっと出せればいいなぁ。